ことば

本作では、言葉に強いこだわりが見られる。舞台が神戸なので、自然と関西の言葉の人が多いが、東京出身の桂はもちろん標準語であるし、その他の登場人物も皆、出身地によって話し言葉が違う。まぁ、厳密さを追求するなら、関西に何年も住んでりゃ混じりそうなもんだが、そこまでこだわるとややこしくなるのでいいか。桂の高校時代の友人である愛は、桂への手紙の中で「君は、少しは変わったのかな」「ガンコ者だから 今も絶対あのままだ」と記しているが、言葉の変化までは表現しない、ということへの布石だったらすごい。

関西の方言

4巻に収録されている第45話では「喋り言葉のことを色々と。」というタイトルで、そのこだわり自体をテーマに話が展開している。例えば「している」と言いたいときになんと言うか、など、関西でも地域による微妙な違いを取り上げている。
桂の調査によると、神戸以西では「しとー」、芦屋や西宮は「しとん」、大阪・奈良・和歌山は「しとる」、京都は「してるえ」、滋賀は「しとんね」と言うようだが、このあたりは微妙なところ。例えば京都の言葉として取り上げられている「してるえ」は、大阪の言葉にすると「しとる」より「しとるで」「しとるよ」という感じになるような気がする。微妙なニュアンスまで考えると、その地方独自の言葉もたくさんある。

他には、「とても」という意味で「ばり」という言葉を使うかどうか、についても桂は興味を示しており、友人たちにヒアリングした結果、神戸以西で使われる言葉として桂の中では結論づいた。
しかし、神戸から淡路島に移住した家族を描いた物語『島物語(灰谷健次郎著)』では、主人公のタカユキが、「ばり」という言葉を使う神戸の友人を見て、神戸の子は「ばり」なんて使わない、TVの影響だと冷めた目で見るシーンがあったように記憶している。昔からある言葉ではないのかもしれない。ただし、本は実家にあるため確認できず、ネット上からもソースを見つけられなかった。20年ほど前に読んだ私の記憶しか根拠がないので、そういうニュアンスの話はあると思うのだが、もしかすると論題は「ばり」ではないかもしれない。アマゾンで購入するなどして確認してくださった方が、もしいれば、ご報告をお願いしたい(笑)
amazon『島物語<1>(灰谷健次郎 著)』
ちなみに1巻ではなかったと思う。

キャラクターごとの喋り言葉

舞台が神戸なので、関西近郊の登場人物が多いが、出身地によってそれぞれ少しずつ違った言葉を話す。また、方言だけではないキャラクター独自の喋り方もある。実在するのではないかと思わせるようなリアリティのあるキャラクターは本作の魅力だが、声が聞こえてきそうなほどに特徴付けられたこの喋り方によっても確立されているのだと思う。
その中でも、私が好きなキャラクターと、喋り言葉の特徴をいくつかご紹介する。

森橋 笑子(もりはし・えみこ) from 芦屋

emiko桂の弟・晴君の彼女で、市内の有名女子高に通う。
彼氏の家を訪問したら帰宅後電話をするなど、よく躾けられた礼儀正しい芦屋のお嬢さん。それでいてすましたところはなく、桂のことを「お姉さん」と呼んで慕い、ときには悩みを相談することもある。「今ねえそこでねえ」「したはるんですよお」「〜ですう」などと、語尾を伸ばして喋るので、おっとりした印象。長音ではなく母音で表記することで、語尾にアクセントのある、抑揚の大きな話し方をしているのかなと想像がつく。怒ったり落ち込んだり、感情表現が豊かで屈託がなく、かわいらしい彼女の性格をよく表した喋り方であると思う。

伏見 淳美(ふしみ・じゅんみ) from 滋賀(近江八幡)

fushimi許婚がいる旧家のお嬢さん。こちらも笑子と同様、語尾を伸ばして話すが、笑子が「今ねえそこでねえ」と母音なのに対し、淳美は「んー?何ー?」「そやけどー」と長音である。母音の表記は抑揚を付けて喋っているように感じるのに対し、長音表記だとあまり抑揚なく伸ばしているように感じる。笑子は桂から見て年下のかわいらしさがあるが、淳美は勉強熱心で、地元の短大を出てから4年制大学に入り直した人物。授業中は「オニみたいなカオ」「親のカタキみたいに黒板睨んでる」と本人も言うほどの集中力で臨んでいる。おっとり、というより、静かな芯の強さ、という描かれ方を、話し方からもされているように感じる。また他にも、「おらんけどー恋人はー」などと述語を言ってから主語を言う、文章の最後に接続詞がある、という特徴がある。

林 浩(リン・ハオ) from 高知

lin和歌子と同棲中の恋人。文学部の大学院生。香港生まれ、高知県育ちで、両親は帰化した(元)中国人。日・中・英・仏の4カ国語を使いこなすため、留学生の世話をよく任される。昼近くになって「おはよう」と挨拶すると注意したり、中華料理ではなく中国料理と訂正したりと、言葉にうるさい。しかし、桂からはヘンな関西弁、と評されている。
普段は土佐弁の描写がないが、酔うと出るようで、桂、和歌子、洋子に震災時の体験を飲みながら語るシーンでは「〜じゃき」「言うちょった」などと土佐弁が混じっている。

Eric Weis(エリック・ワイス) from France

weisフランスからの留学生で、林浩の一番の親友。女性に優しくいつも褒め、ウィンクしたり手を握ったりと距離が近いため、桂は「ちょっと危険な人物」と思っている。その時々の彼女に日本語を習うため、言葉が女性的。例えば一人称が「アタシ」であったり、「〜のよネ」「〜わよ」など。

言葉の扱い

馴染みのない人には分からない沖縄言葉や、留学生が話す外国語にも、ストーリーに重要な部分以外は、基本的に訳や注釈がついていない。
ただ、やり取りや前後の文脈で何となく分かる。また、例えば桂が林浩と日本語で会話しているところに、中国人留学生が急に中国語で話しかけ、林と中国語で他愛ない会話をした後、桂に自己紹介をはじめる、という場面では、桂の当惑した気持ちを、読者も少し体験できる。実際にありそうで臨場感があるのである。

各巻の冒頭

「ようこそ、神戸へ」という言葉がいろんな言語で書かれている。国際都市・神戸を象徴するようなページである。

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10

1巻:英語
2巻:中国語
3巻:フランス語
4巻:韓国語
5巻:ドイツ語
6巻:スペイン語
7巻:トルコ語
8巻:ポルトガル語
9巻:スウェーデン語
10巻:日本語